地元の美術館で行われている「丸木位里・俊展 原爆の図」にいってきました。
国内外で話題となった(らしい)原爆の図とそのデッサンをメインにした丸木位里・俊の作品展です。
原爆の図は、第1部「幽霊」、第4部「虹」、第11部「母子像」以外は小さなパネル(複製)での展示だったので、ちょっと期待はずれでした。やっぱり大きな絵で見ないとわからないかも。
絵自体は悲惨さがどうというよりも、その惨状(の絵)からにじみ出る「かなしみ」が強く感じられました。
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そろそろ終戦記念日が近くなって来たので、各地で熱病のように戦争反対!の機運が高まってくるのですが、僕自身、そういう「平和の叫び」のようなものには懐疑的です。
確かに戦争の悲惨さを伝えるのは非常に大事だと思います。次世代を担う子供に「昔こういう悲惨なことがあったんだよ」「二度とこんなことはしてはならない」そう伝えるのは義務ですらあると思います。
でも、私たちはいつまで子供でいるのでしょうか?
少し考えてみましょう。戦争当時、殺し殺され悲惨なことが繰り返されました。多くの日本人は「人を殺すため」武器を手にとり、そしてその報復として、また多くの日本人が殺されました。
昔の日本人は人を殺すことが普通のことだったんでしょうか?…違うでしょう。多くの日本人が武器を取り対峙したのは「敵」という存在です。
「敵」は自分の愛する人々や美しい故郷を悪意を持って奪い取りに来るのです。武器をとって戦うのはあたりまえのこと。でもその「敵」も同じ事を考えているのですよ……。
プロパガンダは常に人の「善意」に訴えかけます。多くの人は「悪意」だけでは本当に酷いことはできないのです。日本人や「敵」と呼ばれた国の人々の多くが悪人でなかったように。
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僕は戦争を行ったことを過ちだとは思いません。ただ戦争を行わなければならない状態に陥ったことは過ちだったと思います。本当に戦争を、こんな悲惨で馬鹿げたことを止めたいなら、私たちが主体的に戦争を学ばなくてはいけません。戦争はなぜ起きるのか、なぜあの時、私たちは戦争をしなければならなかったのか。
本当の「敵」を見分けるために、情報、そしてそれを正しく選別するための知識と広い視野が必要です。
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今、奇しくも原発の安全性が話題になってますね。広島、長崎、第五福竜丸、そして次は日本人自らの手による、浜岡、柏崎にならないことを祈ります。








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今 戦争しないといけない常態になったら さあどうなるのか....
はっきりいって想像もつかないです ただなんとなく生きてるって訳でもないが 現状がいかにある意味幸せかってのが切実と....選挙には行きましょう~(゚Д゚)ノ
投稿者: くまぴろ | 2007年07月24日 10:29
命の心配がなく普通に「のほほん」と生きられるって、平和って幸せだね〜。
選挙は大事です。
投稿者: さや | 2007年07月25日 07:43